発表年:1969年
ez的ジャンル:前衛ジャズ+前衛シャンソン+α
気分は... :芸術の秋...
芸術の秋ということで前衛的な作品をセレクト。
フランスの女性歌手Brigitte FontaineがAreski Belkacem、Art Ensemble Of Cicagoと共演したアヴァンギャルド作品『Comme A La Radio』(1969年)です。
本作の主人公はBrigitte Fontaine、Areski Belkacem、Art Ensemble Of Cicagoという3組のアーティスト。
Brigitte Fontaineは1939年ブルターニュ地方のモルレ生まれのシャンソン歌手。18歳の時、ソルボンヌ大学に入学するためにパリへやってきます。しかし、大学を中退し、芝居の世界へ身を投じます。1963年頃からはパリのキャバレーで唄い始め、その異彩を放った歌で注目を集めます。1965年には最初のアルバムを発表し、前衛シャンソン歌手としての道を本格的に歩みはじめます。
Areski Belkacemは1940年ヴェルサイユ生まれのアルジェリア系のパーカッション奏者。退廃的なダンディズム溢れる男性シャンソン歌手Jacques Higelinの相棒として活動するようになります。
Art Ensemble Of Cicago(AEC)は1968年にシカゴで結成されたフリー・ジャズ・グループ。メンバーはRoscoe Mitchell、ester Bowie、Joseph Jarman、Malachi Favors、Don Moyeの5人(*Don Moyeは1969年加入)。シカゴ前衛派を生んだ組織であるAACM(Advancement of Creative Musicians)を代表するグループであり、その圧倒的な即興演奏と黒人を意識した衣装やメイクで話題となりました。1969年に拠点をパリに移し、1年半に渡るパリでの活動の間に10枚以上のアルバムを制作しました。
この3組のアーティストをパリで引き合わせたのが本作のプロデューサーPierre Barouh。1934年パリ生まれのBarouhはカンヌ映画祭でグランプリを受賞した『Un homme et une femme(邦題:男と女)』(1966年)への出演・歌で脚光を浴びます。しかし、スターの座には目もくれず、1966年にはSaravah Recordを設立し、埋もれた才能の発掘に財産を投じます。そして、発掘された1つの才能がBrigitte Fontaineでした。
こうしてSaravahから発表されたBrigitteの第2弾アルバムが本作『Comme A La Radio』です。
Brigitte Fontaine、Areski Belkacem、Art Ensemble Of Cicago(AEC)という3組のアーティストのうち、本作以外の作品を持っているのはArt Ensemble Of Cicagoのアルバムを数枚持っている程度であり、Brigitte Fontaine、Areski Belkacemについては本作以外の作品を聴いたことがありません。
その程度の認識しかない僕でも本作を聴いた時のインパクトはなかなかのものがありましたね。シャンソンでもない、ジャズでもない摩訶不思議なアヴァンギャルド感がありますね。全然ジャンルが違いますが、前回の60年代カテゴリーで紹介したVelvet Undergroundのデビュー作『The Velvet Underground & Nico』(1967年)と似た存在感を持つアルバムだと思います。
1曲1曲を楽しむアルバムというよりはアルバム全体の空気を楽しむアルバムだと思います。
Brigitte FontaineとArt Ensemble Of Cicagoの共演という側面が注目されるアルバムですが、案外このアルバムの肝はその後もBrigitte Fontaineとのコラボ作品を発表するAreski Belkacemの怪しげなパーカッションのような気がします。
何か訳のわからない変テコ感にヤラれてしまう不思議なアルバムです。
僕は不勉強で詳しく知りませんが、この頃の時代背景や前衛芸術に詳しい方ほどグッとくるアルバムなのでしょうね。
オススメ曲を紹介しときやす。
「Comme A La Radio」
アルバム全体の雰囲気を象徴するタイトル曲。♪世界は寒い♪それはみんな分かっている♪ そしてあちこちで火事がおきる♪ なぜって、あまり寒いから...♪という歌詞は、1968年の五月革命後のパリの空虚な空気感を反映しているのかもしれませんね。Brigitteのクールで儚いボーカル(というかポエトリー・リーディング)とAECの演奏が醸し出す不穏なムードが実にマッチしています。
「Tanka II」
邦題が「短歌II」となっていますが、この“Tanka”とは短歌のことなんですかね?Brigitteの歌とAreskiのパーカッションとベースのみのパフォーマンスなのですが、アシッドなAreskiのパーカッションが結構好きだったりします。
「Le Brouillard」
この曲ではAreskiがボーカルをとっています。「霧」という邦題のように、霧がかかったような不透明で不安げなムードが印象的です。
「J'ai 26 Ans」
♪私は26才。でも有益だったのはたったの4年♪...♪ある日私は大理石のテーブルを壊してしまった♪私は髭を剃っていない男が好き♪私は時々歯が痛くなる♪私はどんでもないときにお腹が空く♪
う〜ん、凡人の僕にはチンプンカンプンな歌詞です。でもアヴァンギャルドな気がする(笑)
「L'Ete L'Ete」
♪私はまだ生きている♪眩しい 白い砂♪という歌詞のような空虚感が印象的な曲。北アフリカあたりのエスニックな雰囲気もありますね。
「Leo」
AECらしいアフリカ回帰のフリー・ジャズを堪能できる1曲。
「Tanka I」
2分にも満たない曲ですが、Areskiならではのエスニックかつアシッドな仕上がりが魅力の1曲。もっと長尺で聴きたいですね。
「Lettre A Monsieur Le Chef De Garde De La Tour Carol」
邦題「キャロル塔の駅長さんへの手紙」。個人的にはアルバムで一番好きな曲。Brigitteの冷めた囁きとアシッドな高揚感を煽るパーカッシヴかつエスニックな演奏との対比が印象的ですね。
「Le Goudron」
アシッドなフォーキー・チューン。この曲を聴いていると、Donovanあたりとの共通点もあるのかな?なんて勝手に思ってしまいました。
「Le Noir C'Est Mieux Choisi」
邦題「黒がいちばんよく似合う」。♪とりわけ黒、私の心♪という歌詞が何とも虚しいですね。そんな悲しげな物寂しい雰囲気が伝わってくる1曲。
このアルバムが持つ空虚感は、「美しい国」などという幻想が崩れ去り、格差が拡がり、社会の至るところに歪みが生じつつあるどこかの国の空気感ともリンクしている気がします。