発表年:2015年
ez的ジャンル:コンシャスHip-Hop
気分は... :脱帽です・・・
今回は新作アルバムから超話題のHip-Hop作品Kendrick Lamar『To Pimp A Butterfly』です。
Kendrick Lamarは1987年生まれ。カリフォルニア州コンプトン出身のラッパー。2004年、インディ・レーベルのTop Dawg Entertainment (TDE)と契約し、2011年に1stアルバム『Section.80』をリリースします。2012年にTDEがAftermath、Interscope Reccordsとジョイント・べンチャー契約を締結したことに伴い、メジャー契約を手に入れ、2012年にメジャー第1弾アルバム『Good Kid, M.A.A.D City』(2012年)をリリース。同作は大ヒットを記録し、一躍人気Hip-Hopアーティストの仲間入りを果たします。
そして、真価を問われたメジャー第2弾アルバム『To Pimp A Butterfly』でしたが、見事に全米アルバムチャート、全米R&Bアルバム・チャート、全英アルバム・チャートでNo.1に輝き、Hip-Hopのトップ・アーティストとの地位を確固たるものにしました。
当ブログで本作を取り上げたのは、そうしたチャート・アクションに関係なく、中身がとんでもなく素晴らしいものだったからです。僕はアーティスティックな内容と商業的成功は両立しないと思ってしまう方なので、大ヒットとアルバムと聞いただけで、敬遠する傾向があります。しかしながら、本作をCDショップで試聴したとき、メジャー・アーティストがこんなにも凄い作品を創ってしまうのかと驚嘆してしまいました。
僕がKendrick Lamarに興味を持つようになったのは、『Good Kid, M.A.A.D City』(2012年)の大ヒットというよりも、ジャズ界の新星ピアニストKris Bowersが彼の楽曲をカヴァーしたり、L.A.ビートミュージックの雄Flying Lotusの問題作『You're Dead!』(2014年)への参加であり、ごく最近のことです。
そんなタイミングで本作『To Pimp A Butterfly』が届いたのですが、あらゆる面で僕の期待をはるかに上回る作品でした。
ホワイトハウス前で札束とシャンパンで祝福する黒人の人々、その前には顔に落書きされて倒されている白人裁判官が・・・このジャケから本作の政治・社会メッセージ色を感じるはずです。その意味でD'Angelo & The Vanguard『Black Messiah』と重なるものがありますね。
Dr. DreとAnthony "Top Dawg" Tiffithがエグゼクティヴ・プロデューサーとして名を連ね、Flying Lotus、Ronald "Flip" Colson、Terrace Martin、LoveDragon(Josef Leimberg/Terrace Martin)、Laranee Dopson、Sounwave、Rahki、Pharrell Williams、Taz Arnold(Sa-Ra Creative Partners)、Whoarei、Knxwledge、Tae Beast、Boi-1da、Stephen Kozmeniukがプロデュースを手掛けています。
また、George Clinton、Thundercat、Anna Wise、Bilal、Snoop Dogg、James Fauntleroy II、Ronald Isley、Rapsody、Assassinといったアーティストがフィーチャリングされています。
さらにはRobert Glasper(p、key)、Dr. Dre(back vo)、Josef Leimberg(back vo)、Candace Wakefield(back vo)、Javonte(back vo)Kamasi Washington(ts)、Ronald Bruner Jr.(ds)、Pete Rock(scratch)等のミュージシャンが参加しています。
政治・社会メッセージ色が強いアルバムに見えますが、それと並行して成功を収めつつも自身の立ち位置に葛藤するKendrickの内面が描かれたアルバムでもあります。一方で、サウンドはソウル、ファンク、ジャズ等のエッセンスを上手く駆使し、意外にキャッチーなトラックが多いと思います。また、Robert Glasper(p、key)やThundercat(b)をはじめとする生演奏を積極的に取り入れているのも、僕が本作に惹かれた要因の1つかもしれません。
きちんと聴き込むほどに、彼の内面の葛藤が触れることができ、作品に入り込めるのではないかと思います。
こういう中身のある作品がチャートNo.1になるのは望ましいと思いつつ、こんなにシリアスな作品がNo.1になるのが良い事なのかと複雑な思いになってしまいますね。
Hip-Hop史に残る名盤の誕生を祝福しましょう!
全曲紹介しときやす。
「Wesley's Theory」
Flying Lotus/Ronald "Flip" Colsonプロデュース。George ClintonとThundercatをフィーチャー。曲タイトルは人気俳優Wesley Snipesをさすものであり、大成功したにも関わらず、脱税で収監されたWesley Snipesを喩えに、「いくらカネを稼いでも(蝶になっても)、結局は元締め(アメリカ合衆国)に搾取される」とアルバム・タイトルの意味を紐解いてくれます。そうしたリリックの内容を踏まえると、冒頭のBoris Gardiner「Every Nigger Is a Star」をサンプリングした♪Every Nigger Is a Star♪というフレーズの響きの虚しさが増してくるはずです。George Clintonの掛け声と共に始まる本編は、P-FunkとBrainfeederの融合という意味で興味深いですね。Dr. Dre、Anna Wise、Josef Leimberg等がバック・ヴォーカルで参加しています。
「For Free? (Interlude)」
Terrace Martinプロデュース。Robert Glasper等が参加した生ジャズ演奏をバックに、前曲を受けて、スラングを交えながら"俺は搾取されない"と決意を述べます。Jazz The New Chapter観点で聴いても楽しめる1曲だと思います。Anna Wise、Darlene Tibbsといった女性バック・ヴォーカル陣が盛り上げてくれます。
「King Kunta」
Sounwaveプロデュース。タイトルから想像できますが、TVドラマにもなり高視聴率を記録した、Alex Haleyの小説『Roots』の主人公である18世紀の黒人奴隷クンタ・キンテがモチーフになっています。クンタ・キンテは白人に足の指先を切断されてしまいますが、Kendrickは♪みんなが俺の脚を切断しようとしている♪と彼の成功を快く思わない人間の存在を嘆きます。Mausberg feat. DJ Quik「Get Nekkid」ネタのベース・ラインを使った重量ファンクなトラックはパワフルであり、Michael Jackson「Smooth Criminal」、James Brown「The Payback」、Ahmad「We Want the Funk」の声ネタやParliament「Give up the Funk (Tear the Roof Off the Sucker) 」のフレーズ引用が散りばめられています。
「Institutionalized」
Rahkiプロデュース。Bilal、Anna Wise、Snoop Doggをフィーチャー。華やかな世界に身を置いても、貧困層の生活で身に付いた悪行の習慣から抜け出すことの難しさを嘆いた曲。こういった内容であれば、Snoopの参加がハマりますね。クラリネットやチェロを配したエレガントなトラックも効果的です。
「These Walls」
Terrace Martin/Laranee Dopsonプロデュース。Bilal、Anna Wise、Thundercatをフィーチャー。Robert Glasper(key)も参加しています。トラック自体は実にキャッチーですが、リリックはKendrickの友人を銃で殺害した少年に向けられた重々しいものです。
「u」
Taz Arnold/Whoareiプロデュース。Kendrickの叫びと共に始まるこの曲は、Kendrickが自身の抱える心の闇に踏み込んだものです。Whoarei「Loving You Ain't Complicated」をサンプリング。Brainfeederの一員Kamasi Washington(ts)が参加しています。
「Alright」
Pharrell Williams/Sounwaveプロデュース。Pharrell Williamsが手掛けたRick Ross feat. Elijah Blake「Presidential」をサンプリングしています。自分に大丈夫と無理矢理言い聞かせているKendrickの苦悩が伝わってきます。
「For Sale? (Interlude)」
Taz Arnoldプロデュース。悪魔に魂を売る甘い言葉がKendrickに向けられます。
「Momma」
Knxwledge/Taz Arnoldプロデュース。甘い言葉を断ち切ったKendrickが本来の自分を取り戻し、ラッパーとしての立ち位置を再確認しているかのような曲。Knxwledge「So[rt].」をまんま活用したトラックに、Lalah Hathaway「On Your Own」のフレーズが織り交ぜられます。終盤のジャズ的展開はスリリングです。Lalah Hathaway、Bilalがバック・ヴォーカルで参加しています。
「Hood Politics」
Sounwave/Tae Beast/Thundercatプロデュース。タイトルの通り、地元での争い(政治)について言及しつつ、それと対比するように世界で勝負する有名ラッパーの世界について触れます。Sufjan Stevens「All for Myself」をサンプリング。
「How Much a Dollar Cost」
LoveDragon(Josef Leimberg/Terrace Martin)プロデュース。James Fauntleroy II/Ronald Isleyをフィーチャー。Kendrickとホームレスのやり取りの末、神から審判が下ります。Ronald Isleyのヴォーカルは神の声のようです。
「Complexion (A Zulu Love)」
Sounwave/Tae Beast/Thundercatプロデュース。Rapsodyをフィーチャー。肌の色による差別について言及したもの。Rapsodyの♪どんな肌の色であろうと美しい♪というメッセージが心に響きます。Pete Rockがスクラッチで参加しています。
「The Blacker the Berry」
Boi-1da/Stephen Kozmeniuk/Terrace Martinプロデュース。AssassinとLalah Hathawayをフィーチャー。♪俺は2015年最大の偽善者だ♪と叫び、黒人社会の抱える矛盾を"偽善"として問題提起した曲であり、その賛否を巡り議論を巻き起こすでしょうね。そんな曲にも関わらず、シングル・カットしたあたりにKendrickの強い意志を感じます。Cold Grits「It's Your Thing」ネタ。終盤はRobert Glasper(key)、Thundercat(b)、さらには彼の兄である敏腕ドラマーRonald Bruner Jr.というJTNC的に興味深い共演を楽しめます。
https://www.youtube.com/watch?v=6AhXSoKa8xw
「You Ain't Gotta Lie (Momma Said)」
LoveDragonプロデュース。タイトルの通り、「嘘をつかなくていい」という母の教えについて歌ったものです。心に葛藤を抱えたとき、最後に拠り所となるのは親の言葉なのかもしれませんね。Detroit Emeralds「You're Getting a Little Too Smart」ネタ。
「i」
Rahkiプロデュース。The Isley Brothers「That Lady」ネタで話題のアルバムからの先行シングル。Ronald Isleyもバック・コーラスで参加しています。ただし、アルバム・ヴァージョンはシングル・ヴァージョンと少し異なります。キャッチーでアゲアゲな曲調ですが、♪俺は自分を愛してる♪というシンプルなフレーズの裏には、ラッパーとして己の信じる道を突き進もうとするKendrickの思いが込められています。
https://www.youtube.com/watch?v=8aShfolR6w8
「Mortal Man」
Sounwaveプロデュース。ラストは自分も普通の人間であり、過ちがあるかもしれないことをファンに問い掛けます。さらには今は亡き2Pacとの時空を超えた疑似インタビューを行い、ラッパーとして自身が進むべき道に対する強い決意を示して締め括ってくれます。Houston Person「I No Get Eye for Back」(Fela Kutiのカヴァー)をサンプリング。
『Section.80』(2011年)
『Good Kid, M.A.A.D City』(2012年)