発表年:2017年
ez的ジャンル:コンシャスHip-Hop
気分は... :リバース!
今回は新作アルバムから超話題のHip-Hop作品Kendrick Lamar『Damn.』です。
現代アメリカ社会に鋭く切り込むリリックで絶大なる支持を得ているKendrick Lamarの紹介は、大ヒットとなった歴史的名盤『To Pimp A Butterfly』(2015年)に続き2回目となります。
未発表曲集『Untitled Unmastered』(2016年)を挟んでリリースされた新作『Damn.』ですが、『To Pimp A Butterfly』に続く衝撃作だと思います。
アルバムは『To Pimp A Butterfly』、『Untitled Unmastered』に続く全米アルバム・チャートNo.1に輝いています。
プロデューサー陣には、Anthony "TopDawg" Tiffith、Bekon、Mike WiLL Made It、DJ Dahi、Sounwave、James Blake、Ricci Riera、Terrace Martin、Steve Lacy(The Internet)、BadBadNotGood、Greg Kurstin、Teddy Walton、The Alchemist、Cardo、9th Wonderという多彩な面々が起用されています。
アルバムではRihanna、U2、Zacariがフィーチャーされ、それ以外にBekon(vo)、Kid Capri(vo)、Chelsea Blythe(vo)、DJ Dahi(vo)、Anna Wise(vo)、Steve Lacy(vo)、Rat Boy(vo)、Matt Schaeffer(g)、Thundercat(b)、Kamasi Washington(strings)、Sounwave(strings)、Mike Hector(ds)等が参加しています。
『To Pimp A Butterfly』もそうでしたが、曲単位で云々ではなくアルバム単位で1つの作品、メッセージになっている構成力の高さが、他のアーティストの追随を許さない魅力だと思います。
普段は歌詞内容やメッセージよりもサウンド重視で作品を聴く僕ですが、本作に関しては、リリックや世界観に圧倒され、サウンドは二の次になってしまいます。
本作に貫かれているテーマは「邪悪さと弱さ」。神になったかのように振る舞う邪悪な自分、その反対に己の弱さを克服しようとする自分、自分の中に存在する2つのパーソナリティの間を揺れ動きます。
そんなテーマを象徴するように、「Pride.(強欲)」と「Humble.(謙虚さ)」、「Lust.(色欲)」と「Love.(愛)」といった対照的なタイトルの曲が並んだ構成になっています。
対照的といえば、オープニングの「Blood.」では、誤った選択が死を招くという内容、ラストの14曲目「Duckworth.」は正しい選択が運命を切り開く内容になっているのも意味深です。
さらにラストの「Duckworth.」の終盤にはテープの逆回し音と共に、アルバムがリバースされ、気づくとオープニングの「Blood.」に戻っているという仕掛けがあります。
本作は1曲目から聴くと、2つのパーソナリティの間を揺れ動きながらも、「Lust→Love」、「Pride→Humble」のように弱さを克服してエンディングを迎える流れになっています。しかし、逆回しの流れで14曲目からアルバムをリバースしながら聴くと、「Love→Lust」「Humble→Pride」のように邪悪な方向に流れ、ラストはその選択の誤りから銃で撃たれて絶命することになります。
どちらから聴き始めるかでストーリーが大きく異なってくる。それを選択するのはリスナー次第・・・
こうしたリバースの流れを意図して本作が制作されたのであれば脱帽です。
こんなアルバムを作ってしまうKendrick Lamarは真のアーティストですね。
僕も両方のパターンでアルバムをさらに聴き込みたいと思います。
全曲紹介しときやす。
「Blood.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/Bekonプロデュース。Bekonのヴォーカルに続き、Kendrickが盲目の女性を助けようとしたところ、銃で撃たれて絶命する悲劇を語った後、銃声が響き、さらにFoxニュースのコメントのサンプリングが流れます。
最後のFoxニュースは、2015 BET AwardsにおけるKendrickの「Alright」のパフォーマンス(パトカーの上に乗った扇動的パフォーマンス)に対して、Foxニュースのコメンテーターが痛烈に批判したことが発端になっています。Kendrickが伝えたかったメッセージと全く逆の意味で受け止められてしまうもどかしさを伝えたいのでしょう。
「DNA.」
Mike WiLL Made Itプロデュース。少しダークなトラックにのって、「Blood」での鬱憤を晴らすかのように、自身の才能への自信を組み込まれたDNAの違いという切り口でまくし立てます。ここでもFoxニュースのコメントのサンプリングが挿入されています。
https://www.youtube.com/watch?v=NLZRYQMLDW4
「Yah.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/DJ Dahi/Sounwaveプロデュース。タイトルには神を意味する"Yahweh"というニュアンスも込められているようです。サウンドからも宗教的なムードが漂います。♪buzzin',radaras in buzzin'♪のフレーズが脳内に刻まれます。
「Element.」
Sounwave/James Blake/Ricci Rieraプロデュース。Kid Capriがヴォーカルで参加しています。ポスト・ダブステップの貴公子James Blakeも関与した曲で、♪誰も俺を守ってくれない♪とKendrickが自身の脆さを吐露します。Juvenile「Ha」のフレーズが引用されています。
「Feel.」
Sounwaveプロデュース。超絶ベーシストThundercatが参加しています。そのThundercatのベース、O.C. Smith「Stormy」ネタのドラム・ループ、Chelsea Blytheのヴォーカルをバックに、富と名声を得た代償として孤独を感じる自身の内面に迫ります。
「Loyalty.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/DJ Dahi/Sounwave/Terrace Martinプロデュース。Rihannaをフィーチャー。Bruno Marsの「24K Magic」をサンプリングし、大胆に逆回転させたトラックにのって、"バッドガール"Rihannaと共に大切な人への忠誠心を歌い上げます。
「Pride.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/Steve Lacyプロデュース。注目のR&BユニットThe InternetのメンバーSteve Lacyがプロデュースに関与しています。そんなせいもあってサウンドがいいですね。ここでのKendrickのラップは不安定な心を露わにしています。
「Humble.」
Mike WiLL Made Itプロデュース。アルバムからのリード・シングルとして全米チャート、同R&Bチャート共にNo.1に輝いています。最後の晩餐を模したシーンも登場するPVが印象的です。謙虚でいることは難しい・・・
https://www.youtube.com/watch?v=tvTRZJ-4EyI
「Lust.」
BadBadNotGood/DJ Dahi/Sounwaveプロデュース。Kid CapriとRat Boyがヴォーカルで参加しています。L.A.ジャズの重要アーティストKamasi Washingtonがストリングスを手掛けています。哀愁モードのトラックにのって、色欲に流される人々を歌います。Rat Boy「Knock Knock Knock」のフレーズも登場します。
「Love.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/Greg Kurstin/Sounwave/Teddy Waltonプロデュース。Zacariをフィーチャー。前曲「Lust」とは対照的に真の愛について歌います。そのテーマに相応しい崇高な美しさに包まれた仕上がりです。
「XXX.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/DJ Dahi/Mike WiLL Made It/Sounwaveプロデュース。U2をフィーチャーした話題曲。ここでのKendrickはオバマが去り、トランプが仕切る合衆国への絶望を明確に示しています。そんな苛立つKendrickをなだめるようにBonoのヴォーカルが響きます。James Brown「Get Up Offa That Thing」 、Young-Holt Unlimited「Wah Wah Man」
Foals「Fugue」 ネタ。
「Fear.」
The Alchemistプロデュース。不気味な空気が支配するトラックをバックに、Kendrickがこれまでの人生の節目で感じてきた恐怖心を歌います。The 24-Carat Black「Poverty's Paradise」の声ネタが正にFearですね!自身の「The Heart Part 4」のフレーズを引用しています。
「God.」
Anthony "TopDawg" Tiffith/Bekon/Cardo/DJ Dahi/Ricci Riera/Sounwaveプロデュース。「DNA.」や「Humble.」で自身の神ポジションを誇示していましたが、ここでは♪神はこのように感じているのか♪と謙虚な姿勢です。
「Duckworth.」
9th Wonderプロデュース。9th WonderらしいTed Taylor「Be Ever Wonderful」、Hiatus Kaiyote「Atari」、September「Ostavi Trag」、The Fatback Band「Let the Drums Speak」 ネタのソウルフル・トラックが冴えます。
ラストは自身の名字(Kendrick Lamar Duckworth)をタイトルに冠したエンディングのリリックは、20年前、Kendrickの父親と所属レーベルTop Dawg Entertainmentの社長Anthony "Top Dawg" Tiffithの間で本当にあった数奇な縁(レストランに強盗を企てようとしたTop Dawgに対して、その店で働くKendrickの父親が親切に接することで強盗を踏み止めさせた)をテーマにしています。
あの時、Top Dawgが強盗を犯していたら、あの時、Kendrickの父親が襲われて死亡していたら、Kendrick Lamarという才能が生まれることはなかった・・・この時の2人の選択がKendrickの人生を導いたという、嘘のようなアンビリバボーな実話から人生の選択の重要性を説きながらエンディングを迎えます・・・しかし、ここで終わらず銃声と共にテープの逆回転が始まり、アルバムがリバースし、気づけばオープニングの「Blood.」に戻ってアルバムは幕を閉じます。
Kendrick Lamarの他作品もチェックを!
『Section.80』(2011年)
『Good Kid, M.A.A.D City』(2012年)
『To Pimp A Butterfly』(2015年)
『Untitled Unmastered』(2016年)